ありとあらゆる解釈が真実を隠したのです

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書物は信じるために作られるわけではない。
研究に供されるべきものとしてつくられる。

一巻の書物を前にして
それが ❝ 何を言っているのか ❞ と
自分に問うてはならない。
❝ 何が言いたいのか ❞ を問うべきなのだ。

ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』より

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テレビ、新聞、広告、書籍、統計と
この世は情報で物事を判断する情報社会です

人々は多くの情報があると安心し
その情報通りの動きを見せます
だから研究者は常に情報を発信し続けるのです。

そうして人々は四方八方からの情報に
耳を傾けすぎるあまり「どれが本当なの?」
と、悩まされることが多くなるのです。

それは、
知れば知るほど浮上してくる情報の罠
とも言えるでしょう。

特に人付き合いにおいては
情報が大半を占めています。

例えば
◆ 〇〇ちゃんがこういう失敗をした
◆ あそこのお店美味しくない
◆ あそこの社長は社員に酷いことをする

などと、情報だけで判断をしすぎていると思うのです。

そうなってしまっては
自分の本来の直感や感性を抑制してしまい
チャンスが寄って来る前に逃してしまう危険性があります。

1980年にウンベルト・エーコが発表した小説。
『薔薇の名前』の一文には

書物は信じるために作られるわけではない。
研究に供されるべきものとしてつくられる。
一巻の書物を前にして、それが何を言っているのかと

自分に問うてはならない。
何が言いたいのかを問うべきなのだ。

と書いてあります。

つまり、
1つの情報が浮き上がってきた際
それが嘘か真実かを問うのではなく
発信者は何を言いたいのかを問うべきなのだ。
と言うことなのです。

情報が浮かび上がってきたときは
常に自分の目で見て感じて判断をする為にも

この世の中の情報のは嘘ではないのですが
どれもが真実とも言えない

と、言う事を頭の片隅に置いて欲しいのです。

私も縁がありこうして文を書かせていただいておりますが
私の書いたモノが全て正しいとは思ってません

ただ、私が何を感じて何が言いたいのかを
考えてほしいな。と思っています。